「最後に一つ、君に忠告しておくよ」
黒髪の男はどこか軽快に、けれど酷く退廃した気配に乗せて、その人物の名を口にする。
それは何気ない、世間話のようでいて。
深く、黒く、押し込められた暗闇のような憎悪を、感じずにはいられなかった。
「三鬼 弥生――あの女のことを、決して信じてはいけないよ」
たから俺は、最初に掛けられた言葉を思い出す。
きっとそれは、俺自身の起源であり、今に至る理由であり、そして指針であるべきだと、そう思ったから。
いつかの夏の折り返しで。その男は、もう見慣れたあの微笑みと同じ笑顔を浮かべて、俺にこう問うたのだった。
――自分の名前を、自分のものと。認識したのは、いつのことだい?