夏夜の鬼 第一章「名無しの」 5  なんでもない普通の夜九時。突然の魔王の呼び出しに応じて、俺はケータイを持ち上げた。 「仕事か」 『察しが良くて助かるよ、チリ君。ところでチリ君、固ゆで卵は好きか?』  嬉しそうに零れる笑いが交じる。……今度は録音でもしとこうかな、などと思ってしまう自分が憎たらしい。 「今月は随分早いんだな。前の仕事って確か、先々週の土曜だったろ? えと、八日前か」  苛立ちついでに、ミキの疑問符を無視して会話を進める。これが仕事の話なら、ミキにとってもどうでもいいことの筈だ。 『一ヶ月に一回とは限らない。それはチリ君も承知しているだろう? 相手は擬獣だ。例えば連日現れても別段可笑しくはない』  思った通り、ミキもごく自然にスルーした。どうでもいいなら最初から口にするなと言いたいが、要は俺を弄り足りないということなんだろうから、わざわざ藪を突くような真似をする必要もない。 「それは、嫌だな。まあ、俺は稼げるからいいけど」  そう言えば、仕事があれば俺には金が入る。その金を出すのはミキだ。連日も有り得るって言うけど、ミキだってあんまり支出が嵩むのは困るんじゃないのか? ……と、考えてから思い直した。先週の月曜辺りにアズマが言ってたようにミキの実家が金持ちなら、二十万くらい端金なんじゃないだろうか。まあ確かに、ミキは雰囲気からしてお嬢様って感じがしないでもないけど。やっぱり、親が会社経営してるとか、なんだろうか。……プルーン売ってんのかな?  そこで電話の向こうから、くすりと小さく笑う声が聞こえた。何だか腹が立って、話を先に進めることにする。 「で、詳細は?」 『その前に、此処まで来て貰えないか。少し用事がある』  珍しい話だ。いつもは帰りがけに寄るだけなのに。仕事の場所、ミキの家と近いのかも知れない。 「わかったよ。急いだ方がいいか?」 『いいやチリ君、出来ればゆっくり来て欲しい。でも寄り道は遠慮してくれると助かる』  思わず首を傾げてしまう。ゆっくりでいいなら寄り道したって構わないような気がするんだけど。むしろ寄り道して土産でも買って持って来い……なんて、ミキじゃ言わないか。 「まあいいや。切るぞ」 『気を付けておいでよ、チリ君』  通話は終わり、規則的で無機質な音が耳の中で蠢く。……何故か、気持ちが悪く――胸がざわめいたしたような気がしたが、すっぽかす気にはどうしてもなれず、兎に角出掛けることにした。                                         *  ――その夜は、文句なしに熱帯夜だった。  真昼の太陽のような、貫く暑さじゃない。限りなく広い空間なのに、これではまるで密封された箱の中。まとわりつく熱気が尋常ではなく、本当に身体が溶けてしまいそう。五月蠅いくらいの虫の音が、いつもの夜より小さく聞こえる。自分が別世界に転じたような錯覚は、しかし錯覚でしかなく。見上げる夜空は変わらず星々と共に地上に跨り、今が十六度目の夏夜であることを、改めて告げているようだった。                                         *  出掛け際の胸騒ぎはこれが原因だったんだな、と普通に納得出来てしまった。玄関先で待ち伏せていたニヤつくマツイさんとか、精神的に最悪すぎる。 「おっでかっけれーすかーぃっ!」  ヘイッ! と踊り出さんばかりのハイテンションに早くも気が滅入ってくる。マツイさんはいつもどおり動きやすそうな薄着なのだが、にしても元気すぎる。この暑さの中、よくもまぁあんなにも飛び跳ねられるものだ。幾ら毎年のことで多少の慣れがあるとは言え、暑い日は普通に暑い。本当に同じ星で産まれたのかどうかがかなり疑問だ。 「何か用事ですかマツイさん。俺これから出掛けるんですけど」 「いやいやホラホラ、なんかね、ナサが認めた私の未知的検知センサーがビビッと反応したのよコレが!」  検知センサー? つーか、そんな、まさかこの人のバックにナサが関わっていたとは……! 「じゃなくて。ホント何の用すかマツイさん。ちゃんと答えてくれないと叩きますよ」 「グ、うー……何だよぅ、そんな怖いカオしなくてもいいじゃんかよぅ」  怖い顔? 俺が? ……いや、してるかも知れない。ミキの言いつけを守らなかった場合の結末は考えるだけで身震いする。なんとしてでもミキの家まで辿り着かなくてはならない。 「いや、ケータイにさぁ、電話があったのね。今チリ君についてけば楽しいことになるよー、って」 「チリ君?」  嫌な予感がして、聞いてみることにする。 「……その電話の相手、女でした?」 「お、よく分かったねぇ。キレーな声でさぁ」  ミキだー! もう確信する。それはミキだ間違いない! 「やっぱ知り合いかね。ナチュラルにあだ名使うとか、ただの知り合いってカンジじゃあねーけど――あ!」  パッと、マツイさんの表情が砕けて、なんと言うか、お宝発見! みたいな顔になったと思ったら、 「まさか彼女ぉ!? ガァルフレンドゥ!? マジで? 今世紀最大の大発見だったりする!? っていうかもう奇跡だねソリャ!」  唾を飛ばしまくりながら失礼な台詞を連発した。 「もういい! ――もういいですマツイさん。ついてくるなら勝手についてきてください」  あまりの暑さの為か、気付けば頭痛が激しい。ホントにあの鬼女の考えてることが分からない。ああもうなんでこんな時に、あの吊り人形とか思い出すんだろう!  マツイさんを押し退けて、ミキの待つ英雄マンションへと歩を進める。ゆっくり行くのなら街の外縁を通っていくことになるだろう。この暑い中、あまり歓迎出来るイベントではないが、この際仕方がない。 「あーもー待ってよぅ。今度またドーナツあげるから怒んないでってばチリ君〜」 「その呼び方は止めて下さい」 「えー。愛嬌あるじゃんよぅ」 「ありません。塵塵(チリチリ)言われてるみたいで不愉快です」 「んー、じゃー新しいあだ名にしたげる。ミーちゃんとかどう? わぉ、いいじゃんねコレ! あたしのセンス大爆発だネ!」 「おのれ同類が……」  聞こえないように呟いてから、マツイさんを置いてかんばかりの早足だったことに気が付き、しぶしぶ歩調を緩める。当然マツイさんは追いついてきて、子どものようにニコニコしながら俺に並ぶ。 「でさ、どこ行くの? 宇宙人の秘密基地?」 「違います。……いや、ある意味合ってるかも」  マツイさんが歓呼の声を上げる。近所迷惑以外の何物でもないマツイさんの声は、何より俺の頭の中で猛威を振るった。 「アレ、何、頭押さえちゃって。痛いの? 二日酔い?」 「なんでもないんで気にしないで下さい」  自分でも不思議に思う程苛々しながら、それでも歩みを止めることはない。ミキの思惑がなんであれ、そんなことは俺には関係ない。この件にマツイさんが関わることになるのだとしたら、それは気乗りしない話ではあるが、きっと問題はないはずだ。ミキがマツイさんを危険な目に遭わせるとは思えない。……根拠なんてない、けど、やっぱりそぐわない。だって、俺以外でミキに関わった人間はみんな、あんなに楽しそうだったんだから。  信頼、というものなのだろうか。いや、否定はしない。何でも知っている存在というのは、味方ならこれほど頼もしいものはない。そこに畏怖があったとしても、崇拝という形で集束していく。  人間はいつだって、自分を導いてくれる超越者を望んでいる。そうだ、かつて人間が、神様を作り出したように。 「うー。黙りこくってちゃつまんねーよぅ」  四六時中何かしら喋っていないと落ち着かない人なのだろう。マツイさんは弱腰に威嚇する犬のような声で唸った。 「んーじゃ、しゃーない。とっときの情報教えてアゲル」  マツイさんがとっておきと言ったらもうそっち方面の話であることは間違いない。 「別に、いいですよ。それは常識的に知ってなきゃいけないことじゃないんでしょう?」 「そりゃそーだよ。あたしらオカ研が昨日今日の休日潰して調べ上げたコトなんだからさ」 「うわ。ホントに行ったんだ」  実のところ、言う程驚いてはいない。オカルト研究会の足の軽さは今に始まったことではないのだ。目的を果たすためならばこの人達は、アマゾンの最奥だろうがエベレストの頂上だろうが、平気で出向いていくのだろうから。 「言うまでもないけどさ、例の、青柳 晃一朗の件ね。取り敢えず青柳が住んでた場所に行ってみたのね。チリ君、ケンカ市って言って場所分かる? あ、ケンカったってボコり合いの喧嘩じゃないかんねー。堅い花って書いて堅花ね」  ポケットから何やら赤い手帳を取り出し、パラパラとページをめくりつつマツイさんは言う。俺の背丈だと、マツイさんの持つノートの中身は普通に見下ろせる。とは暗がりで、しかも歩きながらだし、何が書かれているかまでは分からなかった。意外にも小綺麗な文字が几帳面にびっしりと並んでいるのは読み取れたが。 「そんな、地元民くらいしか知らなそうなマイナー地名言われても。東北ですか?」 「そ。流石に涼しかったなー、ってのはどうでも良くて。青柳の家はもう分かってたから、まずは周辺の聞き込みから入ったワケですよ」 「家、って、住所もう割れてたんですか。ホント凄いですねアナタの情報網は」  と、呆れ気味に言ってやると、 「へ? いやいや、それくらいネットの掲示板覗けば簡単に見つかるモンだよ?」  今はもう消されたっぽいけどね、とマツイさんは平然と付け加える。  ……否応なく、改めてネットの利便性と危険性を思い知らされた。掲示板というと、某巨大掲示板とかだろうか。あの手のサイトは行ったことがないのだが、覗いてみるだけでも相当の度胸が要りそうだ。 「にしても聞き込みって。一大学生にペラペラ喋ってくれる人なんていたんですか」 「や、うん、まぁ、割と邪険にされちゃったけどね」  邪険というか、当然の待遇だと思うが。しかしそんなことでマツイさんがめげる筈もなく。悲しそうに瞼を落とすマツイさんの仕草がどうも白々しい。 「でもホラ、大抵居るんだよねー、そういう話題が大好きなおばちゃん」  マツイさんが一ページノートをめくると、見るからに人の良さそうな深いえくぼが特徴的なおばちゃんの顔が笑っていた。……いた、と言うか、鉛筆か何かで描いてあった。白黒とは言え写真と見間違えてしまいそうな程リアルな似顔絵は、果たして誰が描いた物なのか。そして同ページの隅には住所らしきメモ書きがあるのだが、まさか、近場で事件が起きたらまた訪ねる魂胆なのだろうか。……汗が滲む程暑いというのに寒気がする。 「で、何が分かったんですか」 「そだねぃ、青柳の人となりとかは大体分かったカナ。昔っから大人しい性格で、暗いっていうよりは落ち着いた感じだったらしーのな。愛想良くって、ご近所さんにも可愛がられてて、もー何このオボッチャマン君って感じ。まだ独身だったんだけど、大手の金融会社に勤められるようなエリートさんで、うーん、なんかガリ勉クンだったっぽいイメージあるよねー。そんなこんなで、教えてくれたおばちゃんも警察から事件の話聞いた時はかなーり驚いたんだってさ」 「そりゃまあ、聞いた限りじゃ、大量殺人どころか人一人殺しそうにもないけど。……驚いた、ってことは、問題らしい問題の噂もなかったんですよね。汚職とか、暴力沙汰とか」  だね、と相槌を打ってから、マツイさんはこちらの様子を窺うようにチラリと目線を向けてきた。その時のマツイさんの横顔には、夜の街灯の所為なのか、翳りのようなものを感じた。何事かと思う前にマツイさんは視線をノートへ戻し、微かに唸りながら紙面を見つめる。  五、六歩進んだ後、まーいいか、とマツイさんは呟いて、 「あんね、青柳は自宅で母親と二人暮らししてて、まぁおばちゃんもその、青柳母とは顔見知りだったんだけどね。やっぱ、家庭内暴力っていうか、そーゆーのがあったような感じはしなかったんだって」  何を渋っているのかと思えば。取り敢えずマツイさんがとても隣人想いなことが分かった。いや、悪意で動く人でないことは、最初から知っていたけれど。 「ただ、思い当たる節がなかったって訳でもないらしーんだよね」 「はあ。……えっと、動機の話ですか?」  マツイさんは元通り溌剌とした表情に戻り、イエース! と無駄に元気な声を上げた。 「と、まあそんな喜んじゃ駄目だけどサ。青柳は、さっき言った金融会社をリストラされてんだよね。その後は再就職先も見つからなくって、結構意気消沈してたらしーんだよネ」 「ああ、成る程、それでヤケを起こして人殺しを――」  自分で言って、何となく違和感を感じた。 「……ねえ、マツイさん」 「あい?」 「思うんですけどね。リストラされたからって動機らしい動機があるなら、ニュースでも言うんじゃないですか? まあ俺は見てないですけど、別に隠すようなコトじゃないですから、報道されてても良さそうなもんですけど」  マツイさんは明らかに動揺したようにギクリと肩を震わせた。見逃そうにも見逃せない程、むしろ演技なんじゃないかと思うくらいに分かり易い仕草だった。 「でも、マツイさんは前、動機は分からなかったって言った。まあ、リストラしたのは大手の会社ってことですから、世間体気にして揉み消しでもあったのかも知れませんけど、にしても噂が流れるくらいはあるでしょ。それをマツイさんが見逃したってのは、どうにも納得いかないんですよね」  何故か、マツイさんの手にしたノートがどんどん顔に近づいていき、顔を隠すような形になる。俺の中で、疑問は既に確信に変わっている。 「マツイさん、リストラが動機だって思ってないでしょ。ついでに言うと、本当の動機も分かってるんじゃないですか? 分からなかったなら分からなかったってハッキリ言う人ですし」  加えれば、転んでもただでは起きあがらないオカルト研究会が、一番のお目当てである犯行動機について手がかり一つ掴んでこなかったなんて信じられない。 「……ふぇぇ」  何か、空気の抜けるような声のあと、マツイさんはノートを閉じて両手をだらりと降ろした。 「おっかしいなぁ。キミはお馬鹿キャラって位置付けだった筈なのになぁ」 「……思いっきり馬鹿にしましたね今。これでも運動より勉強の方が得意なんですよ俺は」  物事をじっくり考察するなんて面倒臭くていつも端折っていたが、最近は死に物狂いで頭を使わなければならないことも増えた。更にミキのご高説を聞かされたりもしているし、それなりには冴えてきていて貰わなければ困る。まあ、それでもミキに言わせれば、病院通い必至の低レベルなものなのだろうが。 「そりゃね、エリート街道まっしぐらーみたいな人にリストラなんて大ダメージでしょーよ。でもさ、それだけであんな異常行為に走るってのは考えづらいんだよネ。被害者二ケタよ二ケタ。あって精々自殺か、一人二人の衝動殺人ってトコだよ。しかも、警察からのらりくらりって上手く逃げながら、それでも殺し続けてたんだよこの人。ちゃんと自分の意思で動いてる。もっと強い理由じゃなくちゃこうはなんないもん」  ノートをポケットに戻しながらマツイさんは続ける。 「人殺しちゃうような人ってさ、テレビの前のよい子からすれば別の生き物みたいに見えちまうかも知れないけどさ、歴とした人間なのよな。……犯罪心理学とか、あんま深いことは分かんないけど。それまで叩き込まれてきた道徳に反するってのは、私らが想像するよりもずっと難しいんだよ。まともな環境で育って来た人がいきなり犯罪者になるってなケースは特にね」  それこそ、俺の中でのマツイさんの位置付けが崩壊しそうな台詞と、そして真面目くさった顔だった。  マツイさんが言ったことは、誰もが知っている常識だった。どんな異常者だって人間だ。そして人間とは、自分が正しいと思ったことしかできない生き物だ。例え全ての他人から異常と判断されるような行動でも、一個の人間が正しいと感じるだけの根拠があるからこそ起こり得る。精神に異常を来し、外れた行為ばかり繰り返しているように見える者でも、本人からすればそれは、自分の意思を守り、必死で生きているということに変わりはない。異常者だから異常な行為に走る、だから異常者は排斥すべき者――それは思考停止だ。重ねた罪は償わせなければならない……勿論それは当然のことだろう。けど、何故そんなことをしでかしたのか、何がそうさせたのか、そして何を訴えたかったのか……。それを考えてやることが、誰かが同じ過ちを犯さない為の最善策であり、全力で生きてきた者への、せめてもの礼儀――  ズキリと頭が痛む。ふと横に目をやると、口を真一文字に閉じたマツイさんが映った。勢いを堰き止めてしまったのは俺だから、申し訳ない気持ちが僅かながら生じてしまう。疎ましいとすら思っていたのに、いざ黙らせてしまうと逆に気まずくなるようだ。 「じゃあ、青柳 晃一朗が人殺しに走った理由って何なんですか、マツイさん」 「……や、実のトコ、仮説を立てるくらいしか出来なかったよ。それにその仮説も、リストラの件と同じであと一歩足りない感じがするし」  また言い渋っているようで、その仮説は教えてくれそうになかった。急に小さくなってしまったマツイさん相手に、これ以上追求する気も起きない。それ以前にその気力がない。話すのに夢中になって忘れていた頭痛が、さっきより確実に強くなっているから。 「――あっはは、なーんか静かになっちまってこりゃいけねーぜマイブラザー! んじゃミーちゃん、あーもー君ミーちゃん決定ね。そっちの方が合ってるもんネ。ここまでに質問はあるカナー?」  ギリギリと、万力か何かで頭を締め付けられているような感覚。歩くのも辛くなってきて、自然と眉間に皺が寄る。マツイさんはこちらに顔を向けず、多分出来損ないのロボットみたいな歩き方になってる俺に気付いた様子もない。 「……あの、なら、前に言い掛けたこと、教えて貰えますか?」  一秒ごと、確実に頭痛は酷くなっていく。気を紛らわすために、前から気になっていたことを聞く。通じなければ説明しなければいけないんだろうと思い溜め息が出かけたが、幸いにもマツイさんにはそれだけで分かって貰えたらしく、 「あーハイハイ、あれねアレアレ。そーいや言いそびれてたっけ。いいでしょー教えたげまショウ!」  ――痛い、痛い。痛すぎて、いつかの目眩のように視界が白ずむ。 「えと、被害者の共通点、ってハナシで合ってるよね。あのね――」  ――寒い、寒い。気が付けば、全身が凍り付く程寒い。両腕がぶらさがったまま動かなくて、両脚からもまた歩いているという実感が薄れていく。おかしいな、歩けるけど、歩けてるけど、この感覚はまるで、金縛りにでもあってるみたいな―― 「あのね、青柳に襲われた人ってのがね、これがみーんな――」  ――そう言えばと、ふと思う。出掛け際の胸騒ぎはなんだったのだろう。ミキに入れ知恵されたマツイさんが原因……本当にそうなのか? 他に、何か、もっと、怖くて、大きくて、大嫌いな―― 「みーんな、女だったの」  ――瞬間反響する悲鳴が、沈みかけた自我を引き上げた。視界に映るのは、何事もなく隣で笑っているマツイさんと、何の変哲もない団地の風景と、いつの間にか真っ黒に塗り潰された空と、気色の悪い赤のベールに包まれたそれらと、そして弾丸のような速度で迫り来る、 「なん――」  この世界の、主――