夏夜の鬼 第一章「名無しの」 4  夏臥美町の西部と東部は主に居住区として割り当てられている。ズラーッと集合住宅が並んでて、合間にコンビニなどの必要そうな建物が挟まってる感じ。しかし、駅周辺以外はまさに最低限、とことんずさんなのである。つい数時間前に行ってきた永礼団地は西部にある団地群の内の一つで、俺の自宅はと言うと、対する東部の中央やや東より辺りにある。西に比べると東の方がやや設備が整っているが、割に合わず地価が跳ね上がっているのでむしろ迷惑である。  夏臥美町は大体上辺の長い台形のような形をしていて、町の北側以外はなだらかな山に囲まれている。地図なんかで見ると山を侵蝕するように町が広がっていて、俺の家辺りになると、駅のある中央部なんかとは随分標高差が激しい。俺は駅なんてそうそう使わないけど、頻繁に利用する住人にとっては行きはよいよい帰りは怖い。駅から家まで自転車なんかで向かおうものなら、手軽に体力の限界に挑戦出来たりする。  南工場区から東の自宅への最短帰路は、やっぱり標高の高い南から中央方面に下って更に高所の東に上がる、という地獄のアップダウン。運動不足で体力の低ーい普段の俺にとっては、町の外縁を大回りしてでも避ける道筋である。しかし、今の俺は右手に常識外れのドーピングウェポンを持っていたりするから、建物の屋根を足場にピョンピョン跳びつつ、楽々進むことが出来る。こういうところは素直に感謝したいとも思うのだが、そもそもこんなモノがなければ町横断みたいなマネをする必要そのものがないのだから、何とも言い難い心持ちだったりする。  しかも夜限定だ。建物を屋根伝いに移動するとか、昼間じゃ目立ちすぎる。その上、こんな物騒なモノを持っているところを見つかれば、確実にお巡りさんのお世話になってしまうだろう。  ……そう、見つかるのである。この界装具とか言うブツ、擬獣みたく一般人には知覚できないという便利能力は備えていない。ひどいよなー、てっきり見えないモノだとと思ってたら普通に見えるんだもんなー、コレ。ええもう、我が家の前でバッチリ目撃された経験がある訳ですよ一回。 「お、お、およぉぉぉッ! やっぱユメじゃねーじゃんよぅっ。まったくもー、あたしゃウソつきはキライなんだぞコノヤロウ!」  そう、まさしく、今みたいに。                                         前  注意散漫も二度目となると救えない。自覚薄いけど、ドーピング中は大分ハイな気分になるらしい。や、見つかって即消したけどね、ウェポン。  前――今年の、四月だったか五月だったか。同じように同じ人物に、この物騒な得物と超人運動を目撃されてしまったのである。  とは言え、真夜中に奇妙奇天烈なブツ握った不信人物が高さ六メートルくらいの屋根から飛び降りてきたとか、例え誰かに見られようとそう問題じゃない。何かの間違いだろーとか言っとけばゴリ押せる高不思議レベルだし、人一人がそんなオカルト話を広めたところで誰も信じやしない。そういう意味で、俺には少しばかり油断があった。使うのは周りに誰もいないとき限定、それも夜なのだから、幾ら見つかる可能性がない訳ではないとしても、まあ何とかなるだろうと楽観していた。  だがしかし。俺は完全に失念していた。殊こういう事に関しての嗅覚が恐ろしく強く、絶対に見つかってはならない相手がすぐ近くにいたことを。  目の前に藪があればタモ網片手に突撃しツチノコを探し始め、幽霊が出ると噂の廃病院があれば自前のカメラを引っ提げ丑三つ時に単独で突入し、街中で突如大声を上げたかと思えば、宇宙人さんいませんかーいましたらお返事くださいーなどと叫びつつ日が暮れるまで練り歩く。夏臥美町の夜景が宇宙人と関係すると信じて疑わず、その特別な町唯一の高校であり、自らが在籍する夏高の制服でそれら全ての活動を行ったことが、夏臥美高校が全国で五本の指に入る変人の集まり、と噂されるまでに至った所以であって。  目の前に、嬉々として騒ぎ立てている女がいる。諸悪の根元ここにあり。それら偉業の数々をこなした張本人がこの女なのである。 「まー、もっかい見せてくれたワケだし、このあたしを謀っちまおうグムフフフーとか企んだコトとかはこの際見逃したげましょ。だからチョイあたしンちまで付き合いやがれなーほれカモン!」 「や、それはちょっとアレですマツイさん。俺、これから寝るまで気楽にネットサーフとかする素敵な計画が――」 「何を仰いますやらぁ。夏の夜長をウルトラ級美人、あーでもまだ美少女でオッケーかなー、のオヘヤで過ごせるなんて、もー死に際の夢みたく素敵じゃねーですかよー」  美人とか、もはや厄災を招く単語でしかない。そんな感じで、問答無用で俺を連行していく超常生物ことマツイ嬢。現在地は我が家玄関前、マツイ宅のアパートまで二十秒。認めたくないが、所謂お隣さんなのである。 「まーテキトーにくつろぎなせぇな。ほーれお仲間がお出迎えだゾー」  アッという間に部屋に到着。視界一杯に広がるフィギュアにポスターに他諸々が、棚なり壁なり床なりベッドなりにギッシリ所狭しと立ち並んでいる。それもタコ型宇宙人とか宇宙怪獣とか三分間ヒーロー一族とか七つ星の龍玉とか恐竜ネッシーとかUMAジャージー・デビルとかUFOシリーズ全網羅とか趣味丸出しの大盤振る舞いで、居心地悪いったらありゃしない。 「あー、コーヒー切らしちまってらーな。ゴメンねー、番茶とかでヨロシーかねぃ」 「や、お構いな……く」  こちらの事情を知っているのでマツイさんは基本親切だ。が、幾ら何でも掌サイズのミニ紙パック茶とか平然と出してくるのは常識的にどうだろうと思う。俺の家にだってティーパックくらいあるぞ。 「でもってでもってぇ――ジャーン! こんな時のための定番夜食、ミステリードーナッツ!」  更に、何処からともなく長方形の白箱を取り出すマツイさん。コック帽と蝶ネクタイの小憎らしいヒゲおじさんマークがちょこっとプリントされたその箱は、この部屋に来たら必ず拝んでいるため普通の人よりお馴染みの顔である。まあ嫌いじゃないからいいんだけどね、ドーナツ。 「はい、有り難く頂戴します。……で、また増えてません? この部屋のオカルトコレクション。ほら、そこの棚の上、アンテナ伸びてるタワーにゴリラがよじ登ってるヤツとか」  こぢんまりとしたワンルームマンションの一部屋。家族で暮らすには狭すぎて、一人暮らしには丁度良い広さの空間。その中央に設置された丸テーブルで対面する。否応なく、オカルト包囲網の渦中である。 「そりゃーまー。オカ研の活動してると自然に集まってきちまうっつーか」 「自然発生したみたいな言い方しなんでください。また家賃払えなくなって大家さんに怒られても知りませんよ」 「だ、ダイジョブだもん」 「アンタの大丈夫は根拠ゼロでしょ」  ストローでパック茶をちゅーちゅー吸いながら、バツが悪そうに縮こまるマツイさん。そうやって大人しくしてれば美人と言えなくもないのに。まあミキなんかとは明らかに別タイプ。男っぽい雑な短髪に動きやすさ重視のノースリーブブラウスと短パンのセットという、元気印蘭に極大ハナマルが貰えそうな人である。 「それよかキミ、そう、キミのオハナシをしよーじゃないか。なに、最近の高校生はあーゆー物騒なモンを携えて散歩すんのがナチュラルだとでも言うのかね、エェ?」  気を取り直したマツイさんが顔を近付けてくる。この人の頭の中には警察の尋問シーンでも浮かんでいるんだろうが、期待で緩みまくった顔じゃ格好がつかない。全く以て嫌な人に見られたものだ。 「別に散歩してたワケじゃないです。普通にバイト帰りです。あと俺手ぶらでしたよ。ホラ何も持ってない」  前回に習い白を切る作戦続行。だってホントのことなんて言ったら、この人に骨までしゃぶられた挙げ句、全世界、果ては全宇宙の晒し者にされるのがオチなのであるからして。 「ウソ付けぃ。あたしゃこの目でバーッチリ見ちゃったんだもんねー。ありゃあ、なんつーか、その、魂(タマ)ァ取ったらー、みたいな?」 「幻覚じゃないんですかマツイさん。最近痴呆の発症年齢が下がってきてるとかきてないとか」 「げ、幻覚じゃないよぅ。つーか二十歳前のオトメに痴呆とか言うなぁ! あとこの際幻覚でもいいから宇宙人さんカムヒア!」  遠い宇宙の何処かで戦う誰かに元気を分けてあげられそうな勢いで天に両手を翳すマツイさん。けれど頭上には紐で無惨に吊された宇宙人(グレイ)型人形が一体ブラついてるだけである。人型だけど全身タイツ着たみたいな感じの妙に細い身体に、バランス悪く乗っかった頭部とお椀みたく出っ張った目。不気味ちゃん全開な無表情も加わり何とも言えず奇抜(シュール)な一品。あ、これも新しいヤツじゃないか……って。 「いや、怖い、怖いっすマツイさん。その、上に吊されてる人形怖い。何それ、何かの儀式? 黒魔術?」 「んー、コレー? 夕べ思い付いたんだけどねぃ。こーやって縛って吊るしとけばホラ、仲間が捕まってる! 今助けてやるぜマイファミリー! って感じで騙された本物が飛来してくるかなーとか思って」 「いや来ないでしょ。騙されないでしょ。来たら来たで確実に高文明兵器で撃退されますよアンタ」  自分で言っておいてなんだが、超高文明兵器を片手に宇宙人を撃退するマツイさんの姿とか思い浮かべてしまった。ヤバイ、嵌りすぎだ。 「まっさかー。宇宙人サンはみんなマキシマムに心優しいんだぜー?」  ボクらはみんなトモダチ! とか言いつつ哀れな吊り人形を指で突くマツイさん。いや、トモダチにその仕打ちはどうだろう。心なしか、人形のデカイ黒目が悲しみを訴えているような気がしてきた。ああ可哀想に。そりゃもう痛烈に同情してやるともさ。コトによっては俺がアレにとって代えられる可能性もあるのだから誰か助けてー。 「しっかしでもまーアレだね、最近は国内のUFO目撃情報とかサッパリでさー。チョイ昔の目撃現場とか行っても手がかり一つねーでやんの。宇宙人関連のオハナシは完全ストップときてる。本場のお国にでも行かなきゃこれ以上は無理っぽいのよ」  曰く、国内のそれっぽい場所には行き尽くした、と。そのフットワークの軽さだけは誉めてあげようオカルト研究会。この人にいいように使われちゃってるオカルト研究会。いやむしろカルト集団。頼むから全身白尽くめで集団大移動とかは止めてくれよ。 「いい機会じゃないですか。そろそろそっち方面は卒業したらどーです」 「そつぎょー? バカ言っちゃいけねーぜアンチャン。宇宙人――つーかまぁ異星人――とのコミュニケーションを達成させることこそ、現代人類最大にして永遠の課題なのだゾ?」  誇らしげに、ささやかな胸を張るマツイさん。まったく、この人にここまで言わせる原動力って何なんだろう。少なくとも地球人が活用可能なエネルギーじゃねぇことは確かだよね。 「ん、でも、あの時間まで外出してるってことは、オカ研の活動はあったんですか」 「あったぼぅよぅ。宇宙以外でも、世界にゃまだまだ解き明かされぬ不思議がケシカスの如くボロンボロンなのだよ」  比喩の仕方がまた良いんだか悪いんだが微妙な具合であるが、兎に角、それが大学一年生であるマツイさんの所属するオカルト研究会なる怪しい集団の活動内容である。  宇宙は元より、世界各地の怪奇現象、幽霊・妖怪・怪物騒ぎの調査から、ツチノコだのネッシーだのの未確認動物学(クリプトゾオロジー)、超能力研究に超人開発、完全犯罪や猟奇殺人の真相解明、おまけにそれらに関連しそうなアニメや特撮の鑑賞研究などなど、実に幅広い分野に手を伸ばしている活動家の集まりで、それを率いているのが何を隠そうこのマツイ嬢。少人数ながら一年生から四年生までちゃんと在籍している会なのに、一年生にして既に会長という現状も凄まじいのだが、会内ではある種の崇拝すら受けているらしいという辺り、この人の異常性が遺憾なく発揮されている。ホントにアンタ何人だ。 「んでねー、今日は例の立て籠もりマンションまで出向いてきたワケよ。いやー、やっぱ近場なのは有り難ぇーよねー」  見事に話は逸れて一件落着、としたかったが。……危機察知神経がビビッと何かを受け取った、気がした。それが口を滑らせるにはとても丁度良い刺激だったようで、 「例のって、何の話?」  言ってから、しまったテキトウに相槌でも打っておけば良かったーとか思ったけど。無理だ、危機察知なんて受け取ったって、ミキの前で我慢に我慢を重ねている知らないこと聞きたい病には全く歯が立たない。  などと頭の中で軽く後悔していると、ポカーンと停止するマツイさんを発見。 「ぇ、エ、えぇー!? ホラあれだよアレアレ、最近ここらでも大騒ぎになってた連続殺人犯のっ。テレビじゃ特番組まれて長々放送されてたし、新聞にだって一面デカデカと載ってたじゃないのよ。今立て籠もりっつったらアレっきゃないでしょーよ!」  全然話が見えてこない。すると目の前の相手は一層顔を渋らせて、一言。 「……なんつーか、意外と常識ないんだねぇキミは」 「うっ!」  ショック! 今確実に胸を刀か何かで貫かれた! 主人公の頭は真っ白になった! なんだ死んでしまったのか勇者よ! ――いやもう何がショックって、この、非常識の権化とも言うべきマツイさんに常識がないなんて言われたらもう人間失格なんじゃないか? いやいや落ち着け俺落ち着け、ここで取り乱したら奴の思う壺だ。内面の動揺はあとで抑えればいい。イメージは無表情の能面、引きつりそうな眉と口を全力で留めてやる。慣れた動作だ、そう難しいコトじゃない。平常心ー平常心ー。 「……悪かったですね。ウチじゃ電気代節約でテレビなんか滅多に見ないし、新聞もとってないんですよ」 「ん、んー。そだっけ。そかそか。そりゃー常識なくても仕方ねーなー。うんうん」 「スゲェ腑に落ちねぇんですけどまぁこの際放っておいてあげます。じゃあこの話はこの辺で」 「駄目、そらーダメってもんでしょーよ。世間一般の常識すら知れないカワウソ、じゃなくってカワイソーなキミのために、このオネーさんが一肌脱いでやろーじゃねーか!」  ホント、今日はよく地雷踏むよなー。                                         ***  事の始まりは去年の冬。本州東北、雪深い静かな町で起きた殺人事件。鉛めいた灰色の景色に埋もれた骸が、後に全国を騒がせる連続殺人犯となる人物の出発点に据えられた。  現地警察は当初、ごく自然に、その事件を一個の殺人と捉えていた。嘆かわしくも今日日、殺人事件などそう珍しい話ではないのだ。しかし、時が経つに連れて犠牲者は増え続け、遂には全国への指名手配が行われるという大事件にまでに発展した。  警察がこの事件の犯人と推定した容疑者は青柳(やなぎ) 晃一朗(こういちろう)三十九歳男性。確かな目撃情報が多数寄せられ、早期――第二の犯行の後には既にこの名が挙げられていたにもかかわらず、警察は終ぞ青柳容疑者を確保することはなかった。  ある時は同県内で二つの殺人、ある時は県一つ隔てた遠方での殺人。方向不定、緩急自在、まさに神出鬼没であるこの殺人犯は、その予測不能な動きによって警察の目を完全に眩まし続け、確認されただけでも十五人の犠牲者を出すことになった。  今年夏、今から約三週間前、第一の殺人があった地より遙か南南西に位置するある町にて、同一犯と見られる他殺体が発見された。流石に警察も無能ではなく、その動きを素早く察知し、県境に検問を張り、漸く犯人の行く手を塞ぐことに成功した。そして追い詰められた犯人が最期に立て籠もったマンションが、夏臥美町北西に建つマンションだった、という訳である。                                         後  聞けば聞く程信じがたい、というのが感想である。全国指名手配の連続殺人犯に県境封鎖と、どうも俺の知らない間に物凄い騒動が起きていたらしい。まあ今のところ、平和にドーナツなどパクついていられるから全然問題ないのだが。 「つーかマジで知らなかったワケかい? 高校でもチビっとくらい噂になったりとかしたっしょ」 「記憶にないっす。……あれ、でも誰かそんな感じのことを言ってたような? ……んー、やっぱ知らない」 「ダメだなー。もうチョイこみゅにけーしょんってヤツを大事にしようぜ兄弟」  いやもうそれどころじゃないんですよ学校……と、言いかけて今度こそ呑み込んだ。この上ミキの話題まで掘り出されるなんて、地雷原に自ら飛び込んで逃げ場を無くすようなものだ。 「ま、別にいいんですよ。ワイワイ騒ぐとかは性に合わないし」 「だよねー。根暗っぽいもんねーキミー」 「失礼な。……あ、そう言えばさっきの話なんですけど、オカ研がなんでそんな事件調べてんですか? やっぱ大量殺人犯だから?」  聞き返すが、別段興味が沸いてきた訳じゃない。それなりに知っておかないと、今度はミキあたりにまた非常識呼ばわりされかねない。  オカルトじみた話に対しては犬並みの嗅覚を働かせるこの人、ひいてはオカ研なのだが、普通なことには一切頓着がないのもまた特徴の一つである。何かしら異常性、非日常性がないと絶対に動かないのだ。 「え、言ってなかったっけ? あれー、これって報道規制あったヤツ? や、関係ねーんだっけか。えーっとこれは……んー、まーいいや。実はアレねぇ、猟奇殺人だったのよな」 「あー」  こう、昨日はカレーを食べました、くらいの自然さで、とんでもない単語が飛び出してきた。しかしこんなのはもう慣れっこなのである。 「やっぱそっち方面ですか。必ず死体の五体切り取られて、その上パーツ組み替えて奇怪なオブジェを作り上げてたとか」 「おっ、いいねぇいーねぇ、そーいう発想! 有望だなー少年。まーちっと違うけどねー。死因そのものは刺殺斬殺撲殺などなど、色々だったんだけどねぃ。最後は必ず切り離してたんだよねー、ココ」  ココ、と言いつつ、親指で以て首を切る動作を真似る。……今気付いた。こんな話題にもかかわらず、猛烈に楽しそうな顔してやがるよこの人。 「はぁ、つまり首なし死体だったと」 「そゆこと。犯人サンが持ってったんだろーけど、今んトコ仏サンの首は見つかってねーらしい。まー、ねぐらとか持たねーでフラフラしてたヤツだから、その辺に埋めたとか投げ込んだとかなんじゃねー? ってハナシらしー」 「うわ。遺族とか騒ぎそうですね」 「もう非難轟々。さっさと探せやウスノロ! いてまうどワレ! みたいな剣幕でさぁ。でもこの分だと見つかんないんじゃねーかねー」  世知辛い話である。やっぱり警察とかは将来どうなってもなりたくない。 「で、首の行方の方は兎も角、その理由って分かってんですか? 意味もなくそんな面倒なことしないでしょ?」 「やー、まー意味ない場合もあるんだけどね。愉快犯とかサ。今回はまぁ理由はあるんだろうけど、その、なんつーか……」  段々勢いを落とし、遂には口籠もるマツイさん。しかしよく見る光景である。 「もしかして分からなかったんですか」 「ぎゃふん!」  ぎゃふんとかリアルで言う人初めて見た。 「ま、まぁそなんだよねー。死体状況とかならチョイと手を回せば分かっちまうんだけどさー。やっぱ動機は探りようがねーわ。現場行ったってそればっかりは分かんねーっつーの。あ〜、その内ドキュメンタリー特番とか放送されねーかねー。いや、それともやっぱあの口軽そーなお巡りサンに色仕掛けとかして聞き出すべきだったかねぃ」  言いつつ、最後のドーナツを口に放り込むマツイさん。量的に俺より食べてる。アレだね、冗談でも色仕掛けとか口にするなら、年相応にその辺気遣わないと。夜にお菓子とか喰うとぶくぶく太りますよー。 「どのみち分からなかったでしょうね。って、現場行って何したんですか」 「そりゃー一通り。犯人が死んだ場所の調査とかさ。結構人多い場所だし、事情聴取とかもしたねぃ」 「あ、やっぱ死んでたんですねその犯人。何となくそんな雰囲気でしたけど。追い詰められて自殺ってトコですか」 「そ。コイツも首元をグッサリ。現場にもね、まだ血の跡がうっすら残ってたのよ。流石に切り離すまではできなかったらしいけどねー」  自殺の時まで首とは。確かに首切りには多少なり意味があるのかも知れない。……まあ興味はない。マツイさんが知らないと言うことは世間一般でも知らないのが普通なんだろう。 「やっぱね、オカルト研究会としてはその辺、犯行動機までカンペキに調べ上げなきゃ我慢ならねーっつーか。次の土日とか、犯人の出身地と被害者が見つかった場所まで足伸ばしてみようかなーって……あ、そーだそうそう一つ言い忘れてた。被害者の共通点なんだけどね、これがまたみーんな――」  マツイさんの声を遮って、突如鳴り響くデデデデデ……というお馴染みの電子音。俺の携帯電話が、しなくてもいいのに着信を知らせてくれている。曲名はかの有名な“魔王”、発信者はまあ、この曲にピッタリのお方ですよ。  ちょっと失礼しますねー、とケイタイを取り出してワンプッシュ。 『ずるいな君は。私抜きで何面白そうな話をしているんだ、チリ君』  電話越しでもウルワしい、ミキ嬢の声が流れてきた。 「別に面白かない。何の用だよ。幾ら何でも仕事じゃないだろ?」 『うん…………実は、実はね、寝る前にどうしても、君の声が聞きたくなってしまって、つい――』 「ハイ嘘。そういう意味ないことで電話なんかしないでしょお前は」 『あはは、よく分かってるじゃないかチリ君。でももうちょっと面白い反応を返して欲しかったな私は』  大根役者め。まあ、内心不覚にもトキメいてたけどね。意味ないこと嫌いならそういう冗談も止めて欲しい。 『いやなに、君の家の前で不審人物が彷徨いていることを教えてあげようかと思って』 「ふし――はぁ? なんだよ泥棒? まさか放火犯とかじゃないだろうな。ちょっと待て、今確認する。此処二階だし、窓からでも見えるだろ。怪獣(ゴシラ)ジャマくせぇな……って、うわ、何あのあからさまな不審者。唐草模様の風呂敷頭に巻いてる奴とか初めて見た。……ってか、あれアズマだろ。あんなバカみたいなマネするバカはあの馬鹿くらいしか思い浮かばねぇ」 『――お、留守だと知ってピッキングを始めたようだ。――ほう、これはプロの手際だぞチリ君。解錠までジャスト三十秒』 「ふざけんなあの野郎……! じゃあ切るぞ。もう帰るから」  返事を待たず回線切断。なに、なに? と目を輝かせているマツイさんを押し退けて、五秒で自宅玄関前に到着、一秒で不審人物に跳び蹴りかまして一件落着。  嫌なヤツを泊める羽目になったが。こんな感じで、今日という嫌な一日は、割と平和的に終わりを告げたのだった。