01. d'abord


「承知致しました、『黒鷺姫』。それではこれより、城下でも目立たぬ衣装にお召換えを。そのマクラヌーアのドレスでは、世に王女殿下此処に在り、と知らしめるようなものでありますれば。純白のドレスは太陽のごとくきらめき、あまりもの眩さに民草も顔を上げられず、市井の生活にも差し障ることでしょう」

 騎士爵然とした全身甲冑の男――フェルディナンは、至極淡々とまくしたてた。まるで、演劇の台本を読み上げるかのような台詞運びではあったが、齢四十を迎えた顔は険しく歪み、観客を楽しませる意思など欠片も感じさせなかった。

「我が守護騎士、フェルディナン」

「は」

「我が国最強と謳われる勇者、フェルディナン」

「は」

「鎧の妖精、フェルディナン」

「は」

 どう呼び掛けても、恭しい態度を崩さないフェルディナンを見て。黒鷺姫は繊細なその身を抱くように腕を組み、頬を膨らませる。

「もう一度繰り返しますが、我が父より最重要任務として、私の身辺警護を任されているはずの騎士、フェルディナン。なぜです? 嫁入り前の王女が、俗で雑多で危険極まりない下民の町へ、お忍びで遊びに行きたいなどと、戯言を口にしているのですよ」

「は、重々承知しております」

「なぜですっ」

 まさに不動の岩壁の如き騎士の態度を受け。姫はついにむきになり、顔を赤くして声を荒げた。

「とめなさい。そこは引き止めるべきところでしょう。『そのようなわがままは許されませぬ、姫。貴方をお守りする騎士として承諾しかねます。あまり父君を困らせませぬよう』とか、何かそのような。貴方には、他に言うべき言葉があるはずでしょう。万が一、万が一にも私が、攫われたり、傷ものにされたり、殺したり殺されたりするかも知れないのに、貴方という人は――」

「恐れながら、黒鷺姫」

 フェルディナンは言いながら、更に表敬のレベルを上げて片膝をついた。

 一国の姫として厳しく躾けられた姫は、そのように敬意を表す家臣を無下にできないよう、深くその身に刻み込まれていた。ごく自然に言葉を止め、騎士の次の言を待つ。

「王命にございます。姫様自らが何かを望んだ折には、それがどのようなものであろうとも、全力を以て叶えるようにと」

「なんですって」

 血の気が引く思いでよろめいた姫だったが、すかさず支えに入ったフェルディナンによって、卒倒を免れた。

「その下知の際に、王はこうも仰いました。『我が子を谷底へ叩き落とす度量と覚悟が、余にはある』と」

「谷底に落ちれば人は死にますわ」

 もはや殺意しかない。

 いよいよ落胆した調子で姫は項垂れた。

「なんと無謀な。まさかお父様は、私のことが大事ではないのでしょうか」

「そのようなことはございません」

 その低い声に、初めて感情が乗った。フェルディナンは僅かに熱の籠もった視線で、何もない中空を見つめた。

「私は今も覚えております。姫様がお生まれになったときの喜びようは、賢王の誉れ高いかのお方とは思えないほどでした。宮廷画家に描かせた肖像を宮廷魔術師に複製させ、城を我が子の絵で埋め尽くしたに飽き足らず。国民一人残らず全員に絵を手渡しして周り、昼夜問わずその愛を語り尽すこと、実に三ヶ月」

「それは忘れようがないでしょうね」

 なんと迷惑な話だろうか。よく謀反が起きなかったものだと、姫は底知れず呆れ返った。

「ですが、ならばこういうことでしょう、フェルディナン。その愛も、私が成長するにつれて薄れていき、嫁ぎ遅れて十八にもなった今では、跡形もなく潰えてしまったと。だから、私の身の安全にも疎くなり――そう、つまり、もうどうでも良いのだと」

「それもあり得ません。なぜなら、姫様の湯浴みを覗きに入る賊の、実に三人に一人が父君なのですから」

「マァヤ! 侍女長マァヤ・ステレンス! 銃を持ちなさい! 今こそあの痴れ者を討ち倒すのです!」

「その言葉、お待ち申し上げておりました姫様! 侍女隊一同、既に準備万端整ってございます!」

 風のように現れた若き侍女長主導のもと、そこから二時間ほど暴動が起こり、冗談ではなく国家転覆の危機が迫った。城の裏の裏まで知り尽くした反乱軍の猛攻は苛烈を極めたが、しかしフェルディナン率いる王国軍の懸命な働きにより、辛くも最悪の事態は避けられたのだった。奇跡的に死者はなし、負傷者は王国軍側から若干名。

「まったく、この国は狂っているわ」

「そこは私も同意見でございます、姫」

 木綿の服に着替えた黒鷺姫と、鎧姿のままの守護騎士の二人組は、何事もなかったかのように、城壁に出来上がった真新しい大穴を潜って、城の外へと繰り出していった。